着物の歴史
2017.03.29

緑の柄の入った着物日本文化の一つと言われる着物ですが、その原型は、室町時代末期の「小袖」にあると言われています。とは言っても、脇は開いていなくて、袖丈も短かったとか。イメージ的には「割烹着」のようなシルエットが近いかも知れませんね。一言で「着物」と言っても、種類も多々あり、着られるシチュエーションも多岐に渡っています。今回はフォーマルな装いの着物4点の歴史をご紹介致しましょう。
まずは、未婚女性の正装「振袖」です。振袖の始まりは、江戸時代と言われています。子供や18歳までの未婚の女性が着ていた、振り(袖つけから袖下まで開いていて、揺れる部分のこと)がある長い小袖のことを振袖と呼び始めたようです。もちろんそれは若さの象徴であり、今の時代も変わっていません。戦前までは、二枚襲(がさね)と言って、同じ柄の着物を色違いなどで作り、片方を上着、もう片方を下着として二枚重ねて着ていました。その名残りで、重ね襟などの習慣があります。
対して既婚女性の正装「留袖」ですが、前述のように、振袖は未婚の女性が着ていましたが、結婚したり18歳を過ぎると、それまで着ていた振袖の袖を短くしました。これが「留袖」となったのです。ですから「留袖」は、必ずしも黒ではありませんでした。これが江戸時代後期に、黒地の五つ紋・裾模様のある着物を既婚女性が式服として着用するようになったと言われています。現代、黒留袖が既婚女性の正装となったのは、この時からの習慣のようです。
未婚・既婚関係無い準礼装「訪問着」です。訪問着の歴史は浅く、大正時代に三越百貨店(当時は呉服店)が外出用に売り出した「訪問服」が原型のようです。振袖ほど派手でもなく、普段着のように地味でもない、きちんとした装いということで人気を集めたとか。絵羽模様があり華やかな作りで、格式高いのが特徴です。当初は正装ということで「三つ紋」が付いていましたが、現代は着て行く場所を広げるために「一つ紋」もしくは「無紋」も増えてきています。
少しカジュアルな略礼装「付け下げ」ですが、付け下げの歴史は、更に浅くなります。第二次世界大戦時、華やかな訪問着が禁止されたのがきっかけで、付け下げは生まれました。訪問着は絵羽模様があるため、柄合わせが大変ですが、付け下げは反物から仕立てられるので、手間が掛りません。少し大人しい印象はありますが、肩・胸・袖など要所々々にきちんと柄が付きますから、略礼装として着ることが出来ます。仕立てが簡単なので、他の礼服に比べてリーズナブルなのも人気の秘密です。
長い歴史のある着物と言われていますが、実は色々と変遷しているようですね。その時代々々に合わせた装いが必要なのかも知れません。フォーマルな装いは、相手に失礼のないのが原則ですから、TPOを踏まえて現代のおしゃれを楽しみたいものです。

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